ギャラリーKEIAN「日之影の竹細工職人 廣島一夫さんの仕事」展に行きました。
13日、ギャラリーKEIANの「日之影の竹細工職人 廣島一夫さんの仕事」展の最終日に行くことができました。
ギャラリーKEIANは文京区白山、小石川植物園の裏手の本当に閑静な住宅街にひっそりと存在していました。
かごに関する興味深い企画を数多くされているのは知っていたのですが、出不精と余裕のなさから訪れたのは今回が初めてです。
この展覧会は強い思いを持たれたギャラリーの方々が、日之影町の竹細工資料館やゆかりの方々、ご近所で実際にご使用されていた方々などから廣島さんの竹かごを借り集め、クラウドファンディングを使って実現されたとのこと。
頭が下がります。
それほどまでに尊敬を集める廣島さんのかごとはいったいどんなものなのでしょうか。
映像の中にいらっしゃるのは84歳当時の廣島一夫さん。
優しい笑顔と、強さと柔らかさを感じる手です。
作っていたのは「籾通し」の底からの立ち上がる部分。
いつもは竹のなりたい形にまかせているが、この立ち上がりの部分は竹を「だまし」ながら勝負している、というようなことを語られていました。
それから、その時々の竹の条件、自分の状態などに左右されながら心の中で組み立てた通りに作っていくのは常に不安で「重苦しい」ことであるということや、自信を持ってしまって悩まないでいたら本物の域には達しないということなども。
(ちょっと自分なりの解釈が入ってしまっているかも知れませんが、私はそんな風に聞き取り理解しました。)
「重苦しい」。
そうか、そうなんですね。
廣島一夫さん(1915-2013)は農家の次男として生まれ、足が不自由だったことから座ってできる仕事を、ということで17歳で竹職人に弟子入りし、その後約80年、竹かごを作り続けた方です。
4年の修行の後、旅に出た廣島さんはかごを必要とする人のお家に泊まり込んでは、直接注文を聞いてそこでかごを製作していたのだそうです。
当時は農具も漁具も多くが竹で作られていたので仕事はいくらでもあったのだとか。
ご注文にきめ細かく応えた、それぞれ一つ一つ違うかごだったということですね。
後に廣島さんは国内では「現代の名工」などに選ばれ、アメリカのスミソニアン博物館には180点もの作品が所蔵されているそうです。
クラウドファンディング用のご紹介文にこのように書かれています。
『廣島さんの竹籠は飾られるための美術工芸品ではありません。
日之影の暮らしを支えるための生活の道具です。
日之影以外で流通されることはなく、日之影の人々その個々の求めに応じて作られていました。
それにも関わらず、その機能美には目を見張るものがあります。』
以下は撮影させていただいた展示作品。
こちらは廣島さんのご自宅で何十年も実際に使われていた飯籠。
大きいなと思ったらこれはゆりかご。
かなり大きくて、でも軽くて使い勝手のよさそうな椎茸採り籠。
私は竹工芸についての造詣が深くないので、一般的なものと廣島さんのかごがどのくらい違うのか、つぶさにわかっているわけでは勿論ありません。
それでも編み方や目の大きさが細かく変えられて整えられているきめ細やかさと全体を貫く力のある形などを感じることができました。
浮かんでくる言葉は端正。そして品格。
ポストカードにもなっていて一番心を惹かれたシタミ(魚籠)。
2つありますが微妙にディテールが違っていて、特にこの手前の方。
口編みの感じ、胴体と肩に当たる部分の編みが変えてある感じ、全体の形、使い方がはっきりとはわからないけど細い材が首回りに繋げてある感じ、色、艶、
全てがすごいと思います。
高級ブランドのヴィンテージバッグの様だ、などとすぐに思いついてしまう自分が情けないですが。
漁具としての機能面を追及したデザインが、すごい作り手の手になるとこのように何か超越したものになるものかと・・・つくづく。
廣島さんの生きた時代は、竹工芸が人の暮らしと密接であった最後の世代であったと思います。
その以前にも有史以来、名もないあまたの名工や不名工(?)の竹職人さんがいたのでしょう。
暮らしの中で普通に使われる道具であった竹かごが、私などのような者にまで見せていただけているということはよく考えると珍しいことです。
廣島さんが特に秀でた作者であったからというのも勿論ですが、これを残さなければ終わってしまうという危機感が皆様を突き動かしていることの恩恵に預かれているのだと思います。
竹かごとは自然と調和した循環型の社会の象徴のようにも思えてきます。
機能第一で作られたからこそ大変に美しい、普通の道具。
どんなに頑張ったって敵いません。
廣島さんの美しいかごどころか名もなき不名工の作品にも絶対に敵わない。
それはもう、そういうものだと思います。
今の世の中でぼんやりしていたら。
この展覧会の企画には、廣島さんを慕う若手の竹細工職人さんたちが協力されていて出品されたり、クラウドファンディングのリターンとして作品を提供されたり、お話会に出演されたりしています。
継承への確かな意思を感じられる、こういう現場に憧れを感じます。
暮らしの中のかごの用途が減っていく中で、この方々がこれからどのように伝統を活かしていくのかも知りたいと思います。
そして、比べて語るのもおこがましいですが、同じかごを編んでいても自分の立ち位置のフワフワさを考えてしまいます。
かごということだけが同じで内容は全く違います。
それは自分の暮らしがいかに大事なものから隔たってしまっているかということと同じです。
竹も蔓草も生えない地方都市のマンションの一室でひとりで編む私にとって、廣島さんの存在はやはり遠いものですが、遠い星の星座の見方を少しずつでも知っていきたいと思いました。
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